崎田 和伸ブログ「七転び、八起き」

実務家としては失敗は許されません。
でも、経営者としては失敗ばかり。後悔ばかりの小心者です。
ただ「転んでも起きる」を目標に、経営しています。

【歴史と経営】石田三成と島左近から経営を考えてみる

2016年4月9日(土)

テーマ:歴史98点、数学20点の男がお贈りする

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石田三成、ご存じですね。

 

豊臣政権の五奉行の一人であり、秀吉の死後、徳川家康を排除しようと挙兵、関ヶ原の戦いで破れて処刑された戦国大名です。

 

彼の生きた時代と近く、信長に反旗を翻した「明智光秀」と混同する人が多いですが、石田三成は謀反人ではありません(^_^;)

あ行で始まり、名前も、ま行で始まりますから仕方ないですね。

 

~~~

 

石田三成。

彼は戦国大名の中では、特殊です。

 

部下で「島左近」(しまさこん)という人物がいました。

浪人だった島左近を、石田三成が雇い入れています。

 

彼(島左近)の給料、いくらだったと思いますか?

 

その額、実に「2万石」。

 

雇い入れた当時の石田三成の領地の石高は、4万石です。

 

その50%を島左近に払う約束をして雇い入れている。

 

考えられますか?

 

4万石を事業でたとえると、総売上です。

石田三成の給料じゃないですよ。総売上です。

 

自国の総売上の半分を払う約束をして雇い入れる

 

今でも、いや、歴史上も考えられない措置です。

 

~~~

 

なぜ?という疑問が湧いてきますが、その理由は明快です。

 

石田三成は、頭は切れるが、武芸の才が無かった。

 

当時は戦国時代(厳密には、安土桃山時代。豊織時代ともいいます)。

 

力なき者は敗れる、北斗の拳のような時代です(^_^;)

 

一定の力のある政権下(豊臣政権)でしたので、頭脳でのし上がってゆくこともできますが、どうしても「力」も必要だった。

 

石田三成は、自分に武芸の才がないことを、正直に認めていた。

 

だから、足りない部分を、自分の領国の石高の半分を使って、備えた

 

秀吉は生前、それを心配して、戦の大将にして実績を積ませることをやったのですが、勝てなかった。

 

映画「のぼうの城」で、豊臣方の大将は石田三成でしたね。

あれも最後は相手方の降伏で終わり、攻めきれなかった。(勝ちではありますが、KO勝ちではなかった)

 

~~~

 

何がすごいかって、石田三成がやったことは、

現代の経営でも必須と言われる「選択と集中」です。

 

あの時代、自分に武の才がないことを自覚することは、プライドが許さなかったと思いますが、すごい柔軟な思考をした。

 

自分には武がない。

でも武は必要。

だったら、武ができる人を雇い入れよう。

自分の領国(経営する事業体)の売上の半分を支払っても、雇い入れよう。

そして、自分は「武以外のところに集中しよう」

 

こういう思考をした。

当時にしてみれば、ありえない施策です。

今でもできませんよね。

 

良いか悪いかは、別です。思考回路についてですね。

 

徳川家康とかは、歴史のある古い大名ですから、古参の家臣が育っていた。

自然と役割分担ができていた。

でも石田三成は、急速に勃興した新興勢力。

部下は育っていませんでした。

今で言う、ベンチャー企業かな。

 

石田三成と島左近との関係で、一つ、詩が残っています。

 

治部少(=石田三成)に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」。

 

それくらい、島左近は武勇に優れていた武将でした。

佐和山とは、石田三成の居城です。

 

~~~

 

ご存じの通り、結果としては、家康に敗れます。

 

いかんせん、時代の流れに呑み込まれてしまった。

 

豊臣方の総大将である毛利隆元までもが、徳川家康に書状を送り、いいこと言っていた環境下です。

 

負けた要因は、すべて、裏切りです。

 

関ヶ原の小早川秀秋もそう。総大将の毛利輝元も、実質的には裏切りです。

 

上の詩で出てきました「佐和山の城」も、関ヶ原直後に徳川方が攻めたのですが、堅固極まり落とせず、結局、城内の裏切りで、落城しています。

 

裏切りを防げなかったのは石田三成の不徳、という見方もできますが、ちょっと厳しいかな、と思います。

 

時代の趨勢だったのでしょうかね。

 

~~~

 

さて、島左近。

いろんな戦いで実績をあげていますが、関ヶ原の戦いでは特に、獅子奮迅の活躍をしました。

 

一説では、関ヶ原の戦いでの徳川方戦死者(勝敗がつかない段階)の多くは、石田三成勢との戦いで出たと言われています。

つまり、島左近ですね。

 

島左近は、関ヶ原の戦いで戦死したとも、生き延びたとも言われ、諸説入り混じっています。

裏切り、前後からの狂撃、敗退、という場面ですから、消息不明というのは仕方ないことです。戦死したのなら首級から分かると思うので、生き延びたというのが有力な説だと思います。

 

~~~

 

いまから400年以上も前。

 

柔軟な考え方で、選択と集中を行った石田三成

 

まだまだ学べる点がありそうです。

 

もうひとつ、逸話が残っています。

 

関ヶ原の戦いの後、捕まって処刑寸前。

「水が欲しい」という三成でしたが、その場に「柿」しかなかったそうで。

 

柿をあげようとすると、三成はこう言ったそうです。

柿は体に悪いから食わん」。

 

これから死ぬ男の言葉とは思えませんね。

最後の最後まであきらめなかった、すさまじい闘志の持ち主でした。

 

今日は、好きなジャンルなので、長文になってしまいました。

 

そんな中、ここまで読んでいただいたあなたに感謝します。

 

投稿者 崎田 和伸でした。


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